映画『風の谷のナウシカ』を10倍楽しむためのトリビア・雑学・豆知識

映画『風の谷のナウシカ』を10倍楽しむためのトリビア・雑学・豆知識

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H


『風の谷のナウシカ』は、宮崎駿の手がける数々の作品の中でも特に愛されているアニメーション映画です。

この記事では、ナウシカの世界をより深く、10倍楽しむための知識を映画だけでなく原作漫画からも得た登場人物の背景や制作秘話を交え、映画の裏側に隠されたトリビアや雑学を紹介します。


映画のキャッチコピー

映画のキャッチコピーは「少女の愛が奇跡を呼んだ」。


同時上映

「名探偵ホームズ」「青い紅玉(ルビー)の巻」「海底の財宝の巻」と同時上映された。


防毒マスクの収録

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H

防毒マスクを着用しているシーンの声優の収録は、特製の紙コップマスクを使用して行われた。


王蟲(オーム)の鳴き声

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H

王蟲の鳴き声には、日本のロックバンドBOØWY、COMPLEXのギタリスト、布袋寅泰のギター音が使用された。久石譲に「ギターで泣いてくれ」と依頼され実現した。


高畑勲のプロデューサー就任

高畑勲は最初プロデューサー職を渋ったが、鈴木敏夫の説得により受諾。後にスタジオジブリの共同創設者となる。


アニメーターの参加

金田伊功や庵野秀明など、後に有名となるアニメーターが原画スタッフとして参加。特に金田は『もののけ姫』まで宮崎アニメに連続して参加した。


制作会社はスタジオジブリではない

制作会社は株式会社トップクラフト、これは宮崎や高畑の過去の同僚が運営していたため。

スタジオジブリ設立は本作公開後であり、1985年、スタジオジブリに改組される形で株式会社トップクラフトは発展的に解散することになる。

しかし金曜ロードショーの放送時には、スタジオジブリ作品のテレビ放送時に挿入されるトトロが挿入されているブルースクリーンから始まることや、ジブリのコレクション作品にも収録されていることから、世間一般では「スタジオジブリ作品」という認識となっている。


原作と映画版の比較

『風の谷のナウシカ』の映画制作のため、宮崎駿の原作漫画の連載は『アニメージュ』1983年6月号で一時中断された。この中断時点では、単行本の第3巻の序盤、具体的には土鬼(ドルク)の住民が全滅した集落でナウシカが蟲に襲われるシーンまでが描かれていた。

映画版ではこの連載を基にしつつ、単行本第2巻の途中(66ページまで)を映像化し、さらにその内容にいくつかの脚色が加えられた。王蟲の群が暴走するエピソードを中心に、原作のプロットが映画用に再構築され、異なる展開が描かれた。


ナウシカについて

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H

・映画の主人公ナウシカは小さな部族の皇女だが、原作ではトルメキア帝国の一自治区の族長である。

・ナウシカという名前は、ギリシャの叙事詩オデュッセイアに登場するバイアキアの王女ナウシカアから取られている。

・ナウシカは虫たちと仲良くなる特性を持ち、そのヒントは『堤中納言物語
』の「虫愛ずる姫君」から来ている。

・年齢は16歳である。


クシャナについて

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H

・クシャナはトルメキアの第4皇女で、25歳。彼女は優れた軍人であり、第3軍の最高指揮官として兵士から絶大な信頼と忠誠を得ている。

・クシャナの名前はイラン系王朝「クシャーナ朝」から来ており、「トルメキアの白い魔女」と恐れられている。


アスベルについて

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H

・年齢はナウシカと同じ16歳である。

・当初のプロットでは、ナウシカのお相手になるはずだったが宮崎駿は「くっつきそうだからあえて外した」という主旨の発言をしている。


ユパについて

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H

・年齢は45才である。大ババの台詞により、ユパが風の谷の伝説の「青き衣の者」を探す使命も帯びていることが明かされている。

・映画『風の谷のナウシカ』でユパの声を演じたのは、「ルパン三世」の銭形警部で知られる納谷悟郎。


ジル(ナウシカの父)について

年齢は50歳である。妻とナウシカを除いた10人の子に先立たれている。


ミトについて

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H

・城おじの一人、眼帯をしているミトの年齢は40歳である。

・声優を務めた永井一郎は、『サザエさん』の磯野波平役などでも知られる。


大ババ様について

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H

辺境一の年寄りで100歳を超える。作中では名前は明らかになっていない。


クロトワについて

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H

クシャナの参謀で平民出身の27歳。軍大学院を修了した優秀な軍参謀である。


イメージガール・安田成美

1983年、『風の谷のナウシカ』のアニメ映画化に伴い実施されたイメージガールオーディションで安田成美が約7500人の応募者から選ばれた。シンボルテーマソング『風の谷のナウシカ』は安田成美のデビューシングルにあたる。

作詞・作曲 を松本隆/細野晴臣。はっぴいえんどから活動を共にする名コンビが担当。

当初は主題歌として起用される予定だったが、宮崎監督と制作の高畑勲が映画の内容と歌詞に乖離があるとして反対し、劇中歌としては使用されなかった。


挿入歌 ナウシカ・レクイエム(遠い日々)

「ラン、ランララ、ランランラン」で有名なのが、ナウシカ・レクイエム(遠い日々)。この曲を唄っているは、本作の音楽を担当した久石譲の娘・麻衣さん。

久石譲は曲のイメージを宮崎監督に伝えるために、当時4歳の自分の娘に仮歌を唄わせたものを用意した。それを聴いた宮崎監督は大絶賛し、久石譲の娘・麻衣さんの歌唱を採用することが決まった。


物語の舞台背景

『風の谷のナウシカ』の物語の舞台は、ウクライナのクリミア半島付近とされている。

宮崎駿監督はこの地域を「中央アジアの乾燥地帯」と表現しており、腐海のモデルとしてクリミア半島のシュワージュを挙げている。 この背景設定は、映画のシーンにおいてウクライナの穀倉地帯を連想させるビジュアルが多く用いられている。


プロデューサー 高畑勲について

宮崎駿監督は『ナウシカ』の制作で唯一の条件として、高畑勲をプロデューサーに迎えることを求めた。 宮崎監督と高畑勲は『パンダコパンダ』や『アルプスの少女ハイジ』など過去の作品で共同作業を行い、ナウシカ以前から深い信頼関係を築いていた。


音楽 久石譲について

高畑勲は音楽担当として30代の無名だった久石譲を選び、これが久石さんのキャリアにとって転機となった。久石譲は後に「僕を見出して育ててくれたのは高畑さんだった」と述べており、その後の宮崎監督作品でほとんどの音楽を手がけ続けている。

久石譲という名前は、マイケル・ジャクソンのプロデュースなどで知られるクインシー・ジョーンズをヒントにしており、本名は藤澤守である。


声優 島本須美について

島本須美は、宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』でヒロイン・クラリスを演じた後、『風の谷のナウシカ』で主人公ナウシカ役を務めた。これらの役はオーディションを経て選ばれた。

宮崎監督はナウシカ公開後のインタビューで、島本の「子どものときの夢のシーン」や「母さまもいる!」というセリフを特に高く評価した。その後、島本は『となりのトトロ』で母親役、『もののけ姫』でトキ役を演じた。


庵野秀明が手掛けた巨神兵のシーン

© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H

終盤で登場する巨神兵のシーンは、アニメーター庵野秀明が手がけた。庵野監督は『超時空要塞マクロス』の制作で出会った板野一郎を最初の師匠とし、宮崎監督を第二の師匠として尊敬している。後に「風立ちぬ」で主人公の声優を務めることになる。


『風の谷のナウシカ』 金ローでの放送回数

2023年7月7日の「金曜ロードショー」での放送により、『風の谷のナウシカ』の放送回数は19回目に達する。これはスタジオジブリ作品中、同番組において最も多く放送された記録となっている。


『風の谷のナウシカ』予告編

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